Tokyo Phoenix です
先日、NHKで以前話題になった
「カラーでよみがえる東京
~不死鳥都市の100年~」
という番組が再放送になったのを観ることができました。
なんかすごく元気がでた番組でした。
出てくる場所も、皇居、銀座、日本橋、四谷、神田、上野、浅草など、
普段の行動範囲で、まさに地元故郷・東京という感じがしました。
東京の力強い復興、復活の歴史をまざまざと見せて貰えたことで、
「日本人の東京人の底力ってすごいよなぁ~」と、
改めて、先人たちの勇気に敬意を表しました。
1902年つまり明治時代から、よくもまぁこんな映像がとってあったものだと、
感心しきりでしたが、これがたった100年の移り変わりなのだと、
信じられない思いですね。
100年て人一人の寿命分くらいじゃないですか。
1900年から2000年までの激動の時代を生きた人、
それがまさにうちの祖父なんですが、
なんか全てを赦し、感謝できましたね~。
そして、祖父の血が流れてる!って思うと、
「よ~し絶対大丈夫だぁ!いっちょやったるで~」
という気分になれます。
ギャンブル依存症という闇の部分も持っていた人でしたけど、
でも明の部分も沢山あったんだろうなぁと思いました。
だって1900年に生まれてですよ、曲がりなりにも5人の子供を、
育て上げたんですからね~。
あの時代を生き抜くって、それだけですごいですよね。
きっと、頼りになるお父さんだった時代もあったんですよね。
明治時代に生まれ、関東大震災や東京大空襲でも、
家も自分も無傷で、兵役にもギリギリの年齢でとられなかった。
それがうちの祖父という人です。
ダメ人間のように思ってましたけど、
こんなに強運な人もちょっといないですよね。
そして、東京の復興って本当にすごいなぁ~と、
たくましさをヒシヒシと感じましたよね。
あの時代に比べたらですよ、私もバブル以前と以降では、
ガラリと価値観が変わった気でいましたが、
あんなのどうってことないですよね。
誤差の範囲です。
そして日本人の、江戸っ子のアイデンティティって、
すっごいなぁ~いいなぁ~と思ったのは、
敗戦の翌年には、もう焼け残ったお神輿を担ぎだし、
お祭りを復帰させちゃうんですよね。
敗戦後最初の新年、つまり1946年のお正月には、
もう晴れ着に身を包み、皇居に参拝にいく人々の姿も、
映し出されています。
その立ち直りや切り替えの早さや、
楽天的な所、どんなに絶望的な出来事があっても、
前を向いて行こう!助け合っていこう!という、
そんな江戸っ子の姿勢を心から尊敬しました。
そしてその血が流れていることも誇りに思います。
戦争という灰色の時代が終わって、
嬉しかっただろうなぁと思います。
そして、そこから続く復興への日々。
沢山の不安や不満や不幸な出来事もあったでしょうけど、
それでもこうして東京は繁栄を続けています。
今の繁栄は、ひとえに先人たちの頑張りがあったからですよね。
絶望ではなく、希望を生きた。
諦めではなく、勇気を選んだ江戸っ子たち。
そのお陰で、今の自分達が与えられているんですよね。
与えられた試練に立ち向かい、生き抜いた人たち。
お陰様で、私たちも今こうして生きられているんだなぁと思いました。
私は、1964年の東京オリンピックの年に生まれました。
それは戦後たった19年後のことでした。
母は、日本と娘の明るい未来を信じて疑わず、
国立競技場の上空を舞い、
五輪のマークを描き出すブルーインパルスの姿を、
生後2週間の私を腕に抱き、眺めたそうです。
私は、復興の象徴のようなその大空を、
この世に生まれて2週間、どんな想いで眺めたのでしょうか?
母の腕の中で、笑っていたのか?泣いていたのか?
でもきっとその時のアイデンティティが、
私の中には脈々と流れているのだと信じています。
依存症者の復活や、人生の再構築を、
手助けする運命は、その時から決まっていたのかもしれません。
依存症者もその家族も、不死鳥のように立ち上がってきました。
絶望ではなく、希望を
諦めではなく、勇気を
どんな時も選び取った、私たちは不死鳥 phoenix です。
皆さん、不死鳥 phoenixの涙は、
癒しをもたらすと言われていることを、
ご存知ですか?
まさに私たちに相応しい伝説。
私たちの魂も永遠に滅びることなく、
受け継がれていくことでしょう。
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どんな時も希望を持って前向きに生きてきた人が、今、私たちが暮らしている日本を支えてくれていたんですよね。
暗闇の中から抜け出て進んでいく姿はりこさんと同じです。
今日の取材は巷で話題の番組だったようですね。仲間の反響が凄くて、ビックリです。放送が楽しみです。